2012年5月20日 (日)

猫来てます

お世話になっている動物病院にお願いして、里親を探している方をご紹介いただき、面会のため9日に山元町まで行きました。津波がすぐそばまで来たあたりだそうで。保護した猫が子どもを産んだのです。保護者さんにはほんとに申しわけないのですが、「可愛い!」と思わず言ってしまいそうな子2匹を頂戴してきました。きょうで10日経ち、ウェットフードをパクパク食べられるようになってトイレも完全に覚えたので、ここ2~3日前から、階段を降りる練習をしています。日に日に降りるスピードが速くなって、イロハ相手に小さいバトルをしながら探検に夢中です。ただ、まだ上ることはできないけど。キジトラの可愛い子が「マチネ」、よく見ないと縞模様を見逃すほど限りなく黒に近い子が「キャラ」。なにをするにも最初にマチネがやって見せて、それを真似て後に続くのがキャラ。ご飯のあとも、必ずマチネがキャラを舐めてやって毛づくろいしている。寝る時も、キャラを隠すようにしてマチネが周囲を見張りながら寝ているし。だから遊びの途中でマチネの姿が見えなくなると、キャラは必死で泣きながらマチネを探してる~。ほんとに猫は見てて飽きない。面白い。すぐ大きくなるから貴重な時間なんだよね。

2012年5月 4日 (金)

昨晩は大雨

午後4時過ぎから外が騒がしいと思ってたら、すぐそばにある貯水池の水位が上がり道路に溢れ出していた。土嚢を積む作業員の人たちの声や工事車両の音で賑やかだったのだ。この時間でもう溢れてるということは深夜になったらどうなるんだろう・・・と多少不安になった。増水するとうちの車庫にも水が上がってきて前輪までは水に浸かるのだ。が、午後11時過ぎから雨足が弱くなり、貯水池の水をタンク車で運んで廃棄した甲斐もあってかなり改善。と思いきや、深夜12時を回ったらまたもや大雨。そしてタンク車再登場。作業員の方々本当にご苦労さまです。この水が流れて行く先に、うちから歩いて数分のところに仮設住宅があるけど、大丈夫だったかな?そして、こんな天気の日は、猫たちはどうやってやり過ごしているんだろう・・・。

2012年4月27日 (金)

夜桜で一杯

昨年、他力舎公演チーム&劇団てんとう虫さんとで、震災後間もなくお花見をしたことが印象深く、また他力舎公演が無事終了したこともあって、今年もお花見することにした。が・・・みんな忙しくて少人数で決行。でも、こじんまりとして話が見える距離感でよかったかも。4月25日、榴岡公園、満開の桜が濃いピンク色で迎えてくれた~。今年は提灯も準備されて木々の間に灯が燈るといい感じ。賑わっていたけど割と整然としていてゴミもそれなりにきれいに捨てられていた気がした。昔のこの界隈はこんな都会の真ん中じゃなく、庶民的民家とお寺がひしめく面白い場所だったけど、公園から眺める景色はビルの灯りだらけでつまらない。
さて、小沢一郎氏の無罪判決でテレビも新聞もにぎわっています。これだけ長いあいだ何だかんだと引っ張って論議が繰り替えされているけど、結局世間はどうしたいのか?無罪という結果が出ても「なんだか納得できない」「腑に落ちない」という意見が多少あるのはショウガナイが、司法国家の結論が出たのならひとまずそれでいいではないか?ほかにも腑に落ちないことは山ほどあるよ。小沢さんと同じように記載ミスがあった政治家は、修正申告しただけで沙汰なしだったけどあれは腑に落ちるのか?そんなことより、福島原発の影響でどれだけの人々や地域が困難に直面しているか、それがやがて日本全土におよび、各家庭の問題としてじわじわと迫ってくるであろう(もう来てるけど)ことを考えた方が、賢明だ。たとえば、そんなに電力が足りないなら、深夜のテレビ番組放送はやめよう。コンビニも24時間営業はやめよう。パチンコ店も営業時間を前に戻そう。昔のオイルショックのときはやってたよ。深夜のネオンサインも消してた。小沢問題を報道するエネルギーをそのまま原発関連や電力、未解決の年金問題の追及に費やしてたら世の中変わってたのに。

2012年4月 9日 (月)

写真展 「生きる」

仙台市博物館ギャラリースペースで行われていた写真展「生きる」最終日。
仕事を終わらせて駆けつける。だいたいこういう展示を行う施設が、入館16時15分までなんてふざけてる。本当に人々に見せたいのか?美術館もそうだけど、この時間に間に合うように調整するのは大変だ。まさかお役所仕事だからか?
肝心の写真の方は、やはり迫力が違う。知り合いの松橋さんの写真がお目当てで行ったのだけど、ほかの写真家の作品もよかった。震災がテーマなので良かったというと微妙なものがあるけど、つまり・・・迫ってくるのだ感情が。さすがだと思う。松橋さんの写真も衝撃的だった。閖上小学校へ私も何度かたずねたけど、その看板の裏に8か月の子供の行方を探す張り紙が貼ってあったとは・・・。写真展を見てるあいだ、泣きそうになるのをこらえているのが苦しかった。まだ、昨日のことのように思える。普通の生活が一番難しく、一番大切でありがたいことだったと気づいたんだよね、あの頃。これだけは忘れたくない。

2012年4月 8日 (日)

30回噛む

次郎さんが見ていたテレビ番組の中で、長寿の秘訣を述べていたご高齢者のかたの「(食べ物を)30回噛む」という行為が、きっと逆流性食道炎にもいいだろうということになり、私たちも見習うことにした。以前から、噛む回数が極端に少ないのに気付いていたけど、そのままにしていた。で、結構30回は難しい。ちゃんと意識してないとできないものだ。でもお蔭で胃の圧迫感というのか重苦しさがなくなり快適。少ない量でも満足感がでる。きっと、食べ過ぎていたんだなあ。もっと早くすればよかった。美容師なんて昼休みがないから食事が不規則で早食いがあたりまえの世界で、食べてすぐ仕事するし食べた意識が薄いから間食に手が出やすいのだ。さらにいつ食べられるか分からないから不安感があるし。食生活面ではあまりいいことないか。ああ、それと「お腹がグ~と鳴ってから食べる」というのも実行中。これもいい。そんなの当たり前と思うかもしれないけど、これも美容師の宿命。食べられるときに食べてしまう癖がついてるので、お腹が空かなくても食べているときが多い。う~ん、こうして書いてみるとかなりひどい。心を入れ替えてガンバリマス。

2012年4月 1日 (日)

寿歌・Ⅱ公演終了

ご来場いただきました皆さま、誠にありがとうございました。
無事、公演終了となりました。
年度末ということもあって、観客数はちょっと少ない状況でしたが
楽屋の盛り上がりは最高潮でした。いっそ楽屋をお見せしたいぐらい。
小屋入りしてからは毎晩が打ち上げ飲み会状態で(毎度のこと)、最終日は30人超の賑わい。なんだか、劇団にいたころを思い出させる懐かしい感覚でした。
飲んでる話ばっかりでなんのこっちゃ!ですよね。
わたし個人の感想でいうと、本番でようやくこの脚本がみえてきたという感じでした。
完全に理解したという意味ではなく、上演することの意味が見えてきたという感じ。
非常に世界が広い脚本で、縦横斜めにいくらでも伸びていくような本なのです。どこまでも延びていって形にするのが難しい。そのうち作っている自分がどこにいるのか分からなくなるような感じです。こんな本は滅多にありません。だから、とても面白かった。本のほうから
いつも何かを問われているようで、答を見つける作業が結局芝居を作ることに繋がっている。公演が終わって、その問いかけが聞こえなくなってしまったことが、寂しいです。
ゲサクとキョーコは今日もまた、砂埃の原っぱを歩いているのだろう。毒をまき散らしながら。

次回他力舎公演は、まったく未定です。早くご案内ができるように努力いたします。
皆さま、本当にご来場ありがとうございました。

2012年3月12日 (月)

灯りを消してみた

昨年の今頃は、早く夜が明けないかと待ち遠しく、暗闇の恐さをこの年齢になってあらためて感じた。余震のたびにストーブを消して外に飛び出す。すぐに出られる場所に2組の布団を敷き大人4人と犬2匹で固まって寝た。日が昇り始め空が明るくなってくると本当に心底嬉しかった。朝がこんなにありがたいなんて思ったことはなかった。ちゅらの姿はやはりなかった。どこまで行ったのか。十分探してあげられなかったことをすまないと思う。

きょうは地震発生時刻の午後2時46分から電灯を消してすごした。あの日のようにとまではいかないけど、せめて灯りのありがたさは忘れたくない。買い物もしないで適当にあるもので食事は済ませて、ずっとテレビを見てしまった。日曜ということもあって静かだけど、あの当時は救急車のサイレンの音がひっきりなしに鳴り、でもそれさえも私には誰かが守ってくれているような安心の音に聞こえていた。

さあ、そんなこの一年の記憶がまだまだ昨日のことのように頭に浮かんでくるけど、確実に時間は進み、当たり前に日常生活が続いていく。震災という事件発生からたくさんのことを考えさせられ行動してきたが、忘れたくないさまざまな記憶が薄れていきそうで怖いと感じる。忘れることが悪いわけではないが、多くの犠牲者の方々の想いを生きているものが少しでも後世に残すことに、意味があると思う。

2012年3月11日 (日)

3月のこの日がきた

あの日から1年。また3月11日がきた。昨年の3月10日は芝居の稽古があり、帰りにメンバーと飲みに出かけた。いい感じで飲んで深夜に帰宅。翌日、父の確定申告を代筆して提出しようと出発した直後、あの地震がきた。その瞬間までの、極普通の平凡な日常生活が、突如別世界に変貌し、恐怖が支配した。そして大きな大きな悲しみがきた。この、今ブログを書いているこの時間も、昨年ならばまだ幸せの中にあったのだ。あの日を昨日のことのように感じさせるあまりにも鮮明で残酷な記憶。こんなことなら、もっとああしておけばよかった、こうすればよかったと、後悔ばかりが溢れてくる。自分の一生の後半が、こんな打撃を受けて暮らしていくことになるなんて本当に思わなかった。ただただ、頭を垂れるのみの日です。

2012年2月22日 (水)

今年も確定申告

只今清書中です。昨年秋に新しいパソコン買ってしまい、勿論必用性に迫られたからだけど、古いパソコンのデータを移動するのに手間取ってかなりの時間をロスしてしまった。なので確定申告にしわ寄せが来た。毎年のことだけど、あの申告書の項目設定や書き方説明文は何度読んでも頭が痛くなる。多分それが狙いか?途中で嫌気が差して還付申告を諦めて欲しいのか、無関心になって欲しいのか。サラリーマンの方々もこれをやれば、お給料から天引きされて何となく支払ってる税金に気づいて、理不尽に感じるかも。都会の一等地に公務員宿舎を建てるなら、真っ当な家賃を支払うのが筋でしょ。嫌なら安い物件を探すのが普通でしょ。
橋浦あやの

2012年2月 2日 (木)

強風だ・・・

風の音ってホント恐いですよね~。地震なんだか風なんだか分からないほど響くよ、あの日以来。早くおさまってほしい。でも昼間は思ったほど吹雪かなくて助かった。車庫証明を発行してもらったその足で運輸支局へ出向き、車の名義変更をしてきました。やっとこれで自動車保険入れる。ただそれだけのことなのに結構大変だった。まあ、自力で届出しようとするから大変なんだけどね。でもやれば出来るってことが分かってよかった。住民基本台帳なんてものがあるし(確定申告もあるし)、税金徴収には素早く対応できる能力があるんだから、もろもろの手続きも簡単にそれらを駆使してやってほしいよね。何回もおんなじこと書かせてあちこち歩かせて。天下り先が必要なら、もっと役立つものを作ればいいのに。

確定申告作業がこのせいでかなり遅れた。領収証の整理していて、震災前の日付のものを見ると溜息が出てしまう。まだ、あの恐怖やショックを知らないときだったな・・・なんて。そして、猫缶のレシートなんかあるんだよね・・・。3月10日の。喜んで食べる姿が見たくて買ったのに出来なかったことが今も悔やまれる。こんなふうに寒い夜はほんとにつらい。

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